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ふわふわソース

興味がわくことをみつけていきたい

テレビ番組を見ると、渋谷系のことばかり思い出す

1/24に放送された「新ナニワ金融道」を見た。10年ぶりの復活らしい。夕飯を食べに行ってたので途中からしか見ていないけど、面白かった。


中居君を見て年月が経ったことを感じたけれど、六角精児は10年前と変わってなくて驚いた。小林薫は関西弁うまいなー(と思ったら京都出身だった)。小池栄子の役柄がみょうにリアルでひやひやした。小池栄子は演技もMCもうまいので、もっとどんどんテレビに出て欲しい。もちろん坂田亘の活躍にも期待しています!

「新ナニワ金融道」の音楽は元ピチカート・ファイブの鴨宮諒。大阪の街の下世話な風景とからみあう人情に、モリコーネ風のせつない音楽がよく似合う。ロケ地はよく見ると新橋(東京都港区)も混じってたけどね。ピチカート・ファイブ、昔すごく好きだった。ピチカート・ファイブはメンバー変更が多く、まとめるとこんなかんじ。

小西康陽・高浪慶太郎・鴨宮諒・佐々木麻美子

小西康陽・高浪慶太郎・田島貴男

小西康陽高浪敬太郎(改名)・野宮真貴

小西康陽野宮真貴

私が好きになった時代にはすでに小西康陽高浪敬太郎野宮真貴の三人体制だった。二人になってからはちょっと熱がさめたので、高浪敬太郎の曲が結構好きだったんだと気づいた。「ピチカート・ファイブといえば小西さん」と当時は思っていたから。鴨宮諒がいた4人時代のピチカート・ファイブは、音楽が好きな若者が集まってやっているバンドってかんじで雰囲気が全然違う。小西康陽・高浪慶太郎・田島貴男の男3人時代の曲もけっこう好きだな。「夜をぶっとばせ」とか。一番よく聞いたアルバムは野宮真貴が3代目ボーカルになって初めてのアルバム『女性上位時代』。いろいろな時代の雰囲気が混じっているし、レコード会社も移籍したし、ボーカルが野宮真貴になったことでフェティッシュな攻め方をしてくるなど、聞いててわくわくする。



1/22の「アメトーーク」はスピードワゴン小沢を取り上げた「小沢という変人」。スピードワゴン小沢ってカジ君みたい。カジ君とは、もちろんカジヒデキです。


アメトーーク」ではスピードワゴン小沢が「セカオザ」と呼ばれており、番組の後半ではセカオザがツイッターにアップしている自分の写真を「SEKAI NO OWARI」の曲にのせて振り返っていた。そこでセカオザが「いい写真!」とか「俺、座ってる!」とかコメントしてるのがよかった。自分のことが好きだけど、自意識過剰ではないように感じた。

他人にどう思われているかは気になる。でも自分のことが好きな他人を批判することはないよな、と思う。自撮棒のことを危険性以外の理由で批判する人がいるけど、あれは本当は自分の自意識過剰を恐れているんじゃないのかな?とゲスパーしてしまうことがある。技術の向上は楽しいから自撮棒を使って自分の写真がうまく撮れるようになるのも楽しいんじゃないかと思うけど。カメラを持ってふらふらしていると、スマホやカメラを渡されて、撮影を頼まれることがある。喜んでくれる人もいれば、私の撮った写真に納得せず、自撮で取り直す人もいる。自撮棒を使う人は写真撮影の難しさを知っている人だと思うから、あまり悪くは言えない。危険なのはもちろんよくないけど。あ、話が脱線した。

「セカオザ」は自分の写真を恥ずかしがったりしないし、自虐に走ることもないし、フラットに自分が好きなことが伝わってきて、心をぐっとつかまれた。で、思い出したのがカジ君。カジ君は『デトロイト・メタル・シティ』でネタにされても映画用にテトラポット・メロン・ティの曲を作ってるし、カジ君がブリッジだった頃には小山田圭吾にゴスやポジパン時代のことをネタにされてたけど、ふつうに話してた。白塗りポジパン時代にロリポック・ソニックに出会って方向転換するなんて、自意識過剰だったら黒歴史扱いしてしまう……。カジ君のこういうフラットなところは好きだ。

私は1993年頃に渋谷のパルコの前でカジ君のいたブリッジがやったライブを見たことがある。そのときは冬だったのでカジ君はロシア人がかぶるような帽子をかぶっていた。そしてボーカルの大友真美さんがその帽子が曲がっているのを直してあげていた。こんなやつ。

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ブリッジのことはかわいい男の子と女の子のバンド、そう思っていたのでカジ君の白塗りポジパン話は衝撃だった。

ちなみに最近読んだカジ君インタビュー。懐かしい話がいっぱいでした、


最近は仕事も忙しかったし、ネットにも恐ろしいニュースがあふれていて、なんだかやる気がしない。そんなときに見たテレビ番組で渋谷系のことを思い出してしまい、自分のルーツが1990年代にあるということを思い知らされる。